真言宗豊山派安養院(栃木県栃木市の寺院)

2024年6月4日

第8回自句自賛 ― K・I・G・O重なったっていいじゃない!


【課題】   「本日の季語・月光」……月光は秋の季語


【季語に言いたいこと】
一句の中に季語はひとつだけ、それが俳句の大原則なのだとか。知らなかった。
うっかり二つ以上入れようものなら、「季重なりよっ!」と、サンダルにパンストの女子を発見したピーコのような顔で詰め寄られるらしい。こわい。
季重なりの中でも、異なる季節が混在するのは「季違い」と呼ばれ、真冬の茶事にヘソ出しルックで現れたギャルも同然、門前払いされてしまう。それは自業自得。
でも、どうなんでしょう、万を超える数の季語があるんだし、メインに据えた季語以外に、シチュエーション説明に必要な名詞がたまたま季語だったってケースは、けっこうあるんじゃないかなあ。
それに、素人考えながら「髪洗ふ」という日々の営みとか、「ボート」なんて四季ごとにドラマ性のある小道具を、季語として一つの季節に限定してしまうだけでもどうかと思うのに、季を異にするワードと組み合わせてはいかんと言うのでは、あまりに器が小さい……いや狭量……えーと教条主義的……うーん厳し過ぎかも。
もちろん「一句中一季語」の原則はできるかぎり守るので、季重なりに対してはもう少しおおらかに接してもらえませんかねえ。浴衣にカンカン帽が意外と違和感なかったり、セーラー服に機関銃を持たせたら大ヒットしたように、過剰さやミスマッチだって詩が生まれる契機になるんだもの。
名吟とされる中にもけっこうあるよお、凄いのが。山口素堂「目には青葉(夏)山ほととぎす(夏)初鰹(夏)」の夏三連発とか、久保田万太郎「ばか、はしら、かき(冬)、はまぐり(春)や春の雪(春)」の冬足す春の二乗とか。
というわけで、しれっと季重なりを詠んじゃおう。


【俳句】     「月光を巻く波に乗りつ 潮騒」


【句の背景あれやこれや】
学生時代に始めてから二十年、僕は海に通って波に乗り続けた。海外も含め、全国のサーフポイントを巡っては、日の出前の灰色の海に飛びこんで、波頭が夕日に染まるまで上がらなかった。だから上手ってことじゃないんだけどね。海の上から見る景色が、ほんとに好きだっただけ。
それでも、夜の海に入ったことはたった一度しかない。
あれは八月末の外房だった。僕と友だちは、車を止めて夜の海をながめるともなくながめていた。時刻は十時を過ぎていて、まんまるの月は冲天にあった。それはそれはさやかな光で、すべてが祝福を受けリラックスしているように見えた。そんなピースフルなバイブスは僕らにも伝染して、聞かれればキャッシュカードの暗証番号だって教えてしまいそうなくらい大らかな気持ちになっていたんだ。だから、どちらからともなくムーンライトサーフの話が始まり、はずみで、ならやってみようとなっても、一ミリの疑いもわかなかった。
板を抱えて波打ち際に立つ。暗くて沖の様子はわからないけれど、脛に当たるしぶきと、遠く響く潮騒からして、サイズは腰胸くらいはありそうだった。胃のあたりがチクッときたけど、心地良い緊張感というやつだ。
ならんで沖へと漕ぎ出す。水はぬるい。とは言え、ひと掻きごとに陸から離れてゆく心細さで、とたんに唇がふるえだした。正気が戻ってくる。
こんなバカなまねはやめて帰ろ……遅いっ、闇の向こうから轟音が押し寄せてくる。とっさに腕を杭のように突っ張らせ、板を沈めて波の下をくぐる。
何度目かのダックダイブでアウトに出たときには、けっこう横に流されていたと思う。
板に腰かけて波を待つ。陸をふり返ると……けっこう遠くまで出ちゃったな。
友だちはどこへ行ったのか、いつまで待っても現れない。
えっ? ひとりぼっち? 真っ暗な海に?
急に風が冷たく感じられ、奥歯が鳴りだす。落ちつこうと息を吐いてみるが、顔はみるみるひきつってゆく。ハワイじゃムーンライトサーフ中、サメに足を食いちぎられるなんてざらだってね。さっきした会話が頭をよぎる。それも御免だけど、いま海の中にある足、その下にはもっと不気味なナニカがいたり……しないよね? そおっと足をひき上げて、板に腹ばいになる。
潮が動き出した。早くこんな気味の悪いところとおさらばしたい、その一心でトライするが、体がこわばっているせいか波においていかれてしまう。
帰れないじゃん。心臓がドクドク音をたてはじめる。大声で助けを呼びたくなるが、そのせいでナニカが目を覚ましたらまずいので我慢する。と言うか、叫んだところで助けなんて来やしない。乗るしかないんだ。
こんなとき映画なら、目を閉じて波のエナジーを感じてビックウェイブと一つになったりするんだろうけど、現実はそうはいかない。
ところが……やみくもに、ぶざまに、ジタバタとあがいているうちに運良く、たまたま、偶然、乗れてしまった。
サイズは? 割と大きめ!
小さくボトムターンして波の腹へと戻る。
と、行く手にスーッと光の道が開けた。それはまっすぐに、遠く遠く続いている。
波の斜面に月の光が反射しているのだ。
僕は波に乗っていることも忘れて、ささやかな、でもすばらしい魔法に見とれた。
ガラスのようになめらかな波のフェイス。轟は背後へ背後へと飛ばされて、無音の世界が現れる。月光を巻きこみながら走ってゆく波。
気がつくと、浅瀬まで運ばれていた。
僕は沖をふり返り、そして月を見上げる。とたんに潮騒が戻ってきた。
ムーンライトサーフ……二度とするかっ!


【弁解あるいは激賞】
「月光」は秋の季語で「波乗」は夏の季語。
「だからそれ季重なりよ!」
「しかも季違いじゃない!」
「おまけに月光と波乗、どっちもメインテーマだもん、季語同士の主従がはっきりしてるからセーフなんて言い訳は通用しないからねっ!」
そんな金切り声が聞こえてきそうだが、落ちつけ、グレタ(ⓒドナルド・トランプ)。
サーファーは一年中、波に乗る。なかには、映画『エンドレスサマー』のように終わらぬ夏を追いかけて世界をまわる数奇者もいるけど、大多数は『ビックウェンズデー』のように、短パンにラッシュガード→ロングスリーブ→フルスーツにブーツと、いでたちを変えながら折々の波を味わっている。なのに「波乗」を夏限定にしてしまったら、台風一過の青空と大波、赤とんぼ泳ぐ浜での午睡、堤防から飛びこむ氷の海、それをどうやって季重なりを避けつつ詠めと言うんですか。そこは季節の移ろいを楽しむ俳人なら、わかってくれるでしょう。だって「吟行」は季語に入れてないじゃないですか。
というわけで提案です、「波乗」は季語から外しましょう。そのかわり「岡サーファー」を夏の季語として差し上げますから。ねっ、単に「そば」では季語にならないけど、「新そば」は秋の季語になるのとおなじ要領です。決まりっ!

季重なりが解決したところで、まずは言い訳から。
やっぱり文語の「乗りつ」ってのはどうなんだって、言われる気がする。
でも口語で、たとえば「月光を巻く波に乗る……潮騒」としたら、「乗る」は瞬間的な動作をとらえているにすぎず、「……潮騒」との関係が宙に浮いてしまうだろう。だからと言って「月光を巻く波に乗った 潮騒」では、潮騒が波に乗ったよう(?)にも、潮騒を聞いて遠い昔に波に乗った記憶がよみがえったようにもとれるし、やっぱり両者の関係がはっきりしない。こんなときこそ、繊細な時間表現を持つ文語の助動詞に力を借りずしてどうするの。
 ただそこで、動作の完了を表す助動詞「つ」と「ぬ」のどちらを使うかが問題なんだよなあ。
概して「つ」は意志的・作為的な動作を表す語に付き、「ぬ」は無意識的・無作為的な動作を表す語に付くとされる。
この句の動作である「波に乗る」は、通常通りなら意識的行為だが、詠み手は「乗ってしまった」もしくは「波に勝手に運ばれてた」という思いが強いので、作為性は弱い。
そのようにどちらも使える場合は、完了を表現したいなら「つ」を、開始なら「ぬ」を採用するんだそうだ。たとえば平知盛が「見るべきほどのことは見つ」と言い放ち壇ノ浦に飛びこんだのは、この世の天国から地獄まで見尽くしたという意味だし、ホトトギスの忍び音を耳にして「夏は来ぬ」とうなずくのは、夏が始まったという意味なのだ。
当句の場合、動作は完了しており、本人はもう絶対に沖へなんか戻りたくないのだから、やはり「つ」がふさわしいだろう。
そして「乗りつ」のあと空白をおいて「潮騒」が耳に戻ってくるのである。なんたるドラマチック句。


2024年5月29日

第7回自句自賛 ― 大事なことは全部『サザエさん』が教えてくれた


【課題】  「本日の季語・当季雑詠 其の二」


【季語に言いたいこと】
ひき続き「当季雑詠」ということで、春の景を詠みます。


【俳句】      「 燕風のごと吹き返し返しぬ 」


【句の背景あれやこれや】
喉の良さで言えばウグイスでも、飛ぶ姿の美しさならツバメだろう。
田んぼのまんなかに小さな外墓地があって、面倒を見ている。そこでひとり、のらくら草むしりをしていると、現れるのがヒバリとツバメ。ヒバリは空高いところにとどまって点にしか見えないかわりに、声はひびく。一方ツバメは大地に近く、春の陽気に湧いて出た虫を、身をひるがえしひるがえししながら捕食する。その黒く光る飛行軌跡は自在で、じつに小気味良い。
そうやってツバメを追い、ヒバリを見上げ、遠山をながめしているから、草むしりはちっともはかどらない。でも、こののどかさが良いんだよなあ。
そう言えば、朝日新聞に連載された『サザエさん』にツバメの登場する回があって、これが心にしみるの。四コマを順に紹介しよう。ちなみに掲載は昭和31年の梅雨のこと。

➀傘をさす男と合羽を着た少女が、雨の道を歩いている。
横からのショットで、二人の間には距離があり、どちらの顔も見えない。
➁雨脚は強い。うつむきがちな二人を、後ろから捉える。
➂再び横向きのショット。そこにツバメが、声をたてて飛び来る。
思わず見上げたのは、波平とワカメ。
➃傘の下に、並んで歩く背中。ワカメ「なんだ、おとうさんだったの」

セリフは最後のひと言のみ。雨音やツバメの鳴き声など、効果音も一切ない。この上なく静かな作品である。でもそうして多くを語らぬからこそ、父娘の深い情愛がにじみ出て、じんわりあたたかな余韻が残るんじゃないだろうか。
芭蕉は「言ひおほせて何かある」と諭したそうだ。俳句はすき間や余白が命なのだから、描きすぎてはいけないのだ。その極意をサザエさんから学ぶことになろうとは。やっぱり大事なことは全部、マンガから教わるんだろうなあ、現代の日本では。
そんな静寂に満ちた四コマ中、唯一のセリフ「なんだ、おとうさんだったの」、そこに僕は、作者・長谷川町子の父親に対する強い思慕を見てとる。と言うのも、『サザエさん』の連載初期では、無邪気で溌溂としたワカメがとりわけ印象的で、作者の少女時代が投影されていると思われるからだ。
気になって調べてみると、町子のおとうさんは、彼女が十三歳のとき、五年におよぶ闘病の末、病死していた。そのことをふまえたうえで読み返すと、味わいはより深まる。


【弁解あるいは激賞】
 そりゃ本人だって、いいのかな? と思ってますよ。ええ「吹き返し返しぬ」です。
句意としては、ツバメが身を翻し、また翻しながら飛ぶ様を、くるくると向きを変える風に譬えただけです。月並みな句です。でも、ただ譬えただけでなく、むしろ風そのものなのだから身体を「翻す」のではなく風が「吹き返す」だろうと表現したところが、オリジナル? なのかな?
散文にすれば「燕は風のように吹き返しては、また吹き返す」とでもなるだろうか。それを口語俳句で「燕風のごとく吹き返し返す」と詠むと、なんか変だ。理由は説明できないけれど、良くない気がする。
で、文語表現を使ってみようと思った。ところが勉強してみると、文語には時間を示すたくさんの助動詞があるという事実が判明してしまった。口語が「た」と「ている」だけで済ませている時間を、もっと繊細に感じ、表現していたのだ。うわぁめんどくさそう。
ところが、どの助動詞が一番ぴったりくるのかという試行錯誤は、洋服選びにあれこれ迷う楽しみと似ていたのである。そこへいくと口語って、ユニクロを着るかしまむらを着るかだけのように思えてくる。
で、現在進行しつつある事実を表すなら「ゐたり」を用いる。ここでは「吹き返し返しゐたり」となる。
そして、ある状態が続いていることを示すのが「り」と「たり」だ。「吹き返し返せり」とするか「吹き返し返したり」か。
あるいは、完了の助動詞ではあるけれども、その状態が続くというニュアンスを持つ「ぬ」を使うこともできる。「吹き返し返しぬ」だ。
本句の場合、意味から選ぶことは難しい。どれにもそれなりに理があるならば、字余りを避けることができる「返せり」か「返しぬ」の二つに絞ろうか。そうなれば、リズム的に「……し……せ」より「……し……し」のほうがきれいなので、「ぬ」に軍配が上がるのかなあ。
今回は、文語を使うって案外、楽しいとわかった。それだけでも自分を褒めてやりたい。


2024年5月22日

第6回自句自賛・「当季雑詠」其の一   要注意!春を急がす俳句界

【季語注釈】
遅ればせながら、頭の整理がついた。句の作りかたには二通りあるのだ。うん、本当に遅いけど。
自分で選んだ季語や内容を詠むのが「自由詠(雑詠)」で、提示された題をもとに詠むのが「題詠」である。題として出されるのは季語が多いものの、“家族”や“老い”なんてテーマだったり、“正”という漢字を入れで詠めなどと無茶ぶりされることもあるらしい。
それからすると、この企画は自分で季語を出題するので「自由題詠」だけれど、たまには今現在に季節を限定する「当季雑詠」に挑んでみようかな。
まずは、当季を詠むのだから、今がどの季節なのか分かっていないと。ほほう、俳句の世界では、二十四節気をもとに季節を区切るのか。立春から立夏の前日までが春、そこから立秋の前日までが夏、立冬の前日までが秋、立春の前日までが冬なんだと。
んっ待てよ、そうすると本稿執筆日は4月29日で立夏は5月5日だから、あと六日したら春の季語は使えなくなっちゃうじゃない。夏なんて、8月6日には終わっちゃうんだよ。だいじょうぶか俳句界? まあたしかに、たくさんのデコボコ・利害・清濁を呑みこまないと自然界に線を引くことなんてできないのだから、仕方ないけどね。
今年の春は、あと六日。ならば行く春を惜しみつつ、当季の景物を詠み尽くしてしまおう。というわけで、二句続けて掲載する。


「  鶯のケキョほめちぎり「切」ボタン     陽高」


【句の背景】
鶯は、本当に良いノドをしている。終演間際の能舞台に響く笛のように、澄んで良く通る声だ。そいつであの「ケキョケキョケキョ」という谷渡りを、しかもながーく引っ張られた日には、どうしたって聞き入ってしまう。鳴きだすたびに「いい声だなーっ」とひとりごちて、仕事の手が止まるのだ。
そうやって生き物の存在を感じていると、独りでいてもさびしくない。さらに言うと、それは命のぬくもりを持たない日月星辰でもおなじで、かつて李白は「月と影とを伴うて行楽すべからく春に及ぶべし」と独り飲みを楽しみ、平賀元義は「大公(おほきみ)の御門(みかど)國守(くにもり)萬成坂(まなりさか)月おもしろしわれ一人ゆく」と、女郎屋までの暗い道のりを鼻歌交じりに歩いた。敬愛する野尻抱影先生は、南アルプスの谷川に寝転んで夜空をながめていたら、ふと山奥に一人なんだと気づいてにわかに心細くなった。が、山峡に青白く輝くヴェーガを見つけて、「お前、そこに来ていたのか」と、頬をゆるめたのだそうだ。
そのように大自然がもたらしてくれる安らぎは、残念ながら人工的環境からは生まれない。生まれないどころか、歴史も浅くなんの思いも込められていないしろものの、あまりの空虚さに慄然とした経験がある。
ある金曜日、ゆえあって横浜に泊まらなければならなくなった。あわてて宿泊先を探したが、どこもびっくりするくらい高い。そんな中、高島町駅を最寄りとする格安ホテルを見つけた。高島町? 知らないなあ、と住所を見れば“みなとみらい”とある。そこって、夜景がきれいなおしゃれスポットなんじゃないの。しかも高島町駅って横浜駅と桜木町駅のあいだなんだ。泊まらせていただきます。
夜七時過ぎにチェックインして、どこかでご飯を食べようとホテルを出たのが八時前。いきなり不穏な空気が漂う。あたり全体が暗い。街灯はついているものの、高速道路と電車の高架が壁となって二方向をさえぎり、残りの空間はやたらデカくて愛想もなにもないビルが背を向けてならんでいる。そのビルの灯りはほとんど消えており、ひと気がないのだ。まだ八時だよ。いくら働きかた改革と言ったって……。
あてもなく歩きだす。それにしても、人いないなあ。会社帰りとおぼしき数人が、足早に駅へ向かうのが見えるだけ。角を曲がる。さらに暗い。闇に赤ちょうちん一つ灯らず、虚ろな目をした巨大なビルがぼおっと佇っている。なんだこの街は、実質的な廃墟じゃないか。黒くモヤモヤしたものが喉の先まで湧いてくる。そのワンブロック、八百メートルほどを一周する間に見た人間は一人。車は、仮眠中のタクシーと休憩中の清掃車の二台きりだった。
私はホテル脇のコンビニで、とろろ蕎麦を買って部屋に戻った。
災害や戦争で瓦礫となった街を見てショックを受けるのはわかる。でもまさか、窓ガラス一枚割れていない街から、ここまで心を傷つけられるとは想像もしなかった。
警告。テクノロジーこそが人類を希望にあふれる未来へ導いてくれると信じる人は、一度“みなとみらい”へ行ってみるといい。夜に。きっと、みらいが見えるよ。


【句評あるいは激賞】
句褒めを手短に。
説明不要、ストレートな自然賛歌である。
ふふっ、表記を工夫したな。カギカッコの中に“切”と入れることで、それが機械のスイッチだと視覚的に分かる仕掛けだ。
その機械が掃除機でも、草刈り機でも、テレビでも、スマホの呼出し音でも、そんなものは全部切ってしまって、皆で鶯の歌を聞こう。



2024年5月14日

第5回自句自賛・季語「冷し中華」

解説:「冷し中華」は夏の季語。
他の冷たい麺、ザルソバ・ヒヤムギ・ソウメン・レイメンと比べると「ヒヤシチュウカ」は音数が1.5倍。六音もあるので、季語だけで句の35%を占めてしまう。ちなみにカペッリーニも同じ長さである。
長い季語は縮めてしまう、という手がある。ひとつは「アイスクリーム」を「氷菓(ひょうか)」、「エイプリルフール」を「四月馬鹿」と、意訳や直訳する方法。もうひとつは「寒晒心太」を「寒天」、「鍋焼饂飩」を「鍋焼」と省略するやり方である。
その伝でいくと「冷し中華」は「冷中」でも通じそうだが、ネットで「冷中」と検索すると“冷凍ホタテ中玉サイズ”あるいは“冷中(ひえあたり)”なる病名が(冷えが命中か?)ヒットする現状では難しいか。大変でも、冷し中華とまるごと入れるしかないようだ。
と心配したが、杞憂。呻吟することなくスッと出来た。

  「みんな居て冷し中華にむせた昭和(ころ)     陽高」

昭和の時代、通常の休日は大人も子どもも日曜日しかなかった。学校が土曜休みになったのは平成に入ってからで、完全週休二日制は平成14年以降なのだ。
それゆえ昔は、法事は日曜日と決まっていた。現在では平日に行うこともめずらしくなく、家族だけで営む場合は「来週、お願いできますか?」と、急に依頼されることもあったりして、時間にしても夕方四時から始まったりするのだ。
ところが二十世紀の日本では、法事とは一年ほど前から予定し、親戚一同を集めて日曜日に行うものだったのである。
私の実家は大きなお寺だったので、休日となると本堂で四、五件、それから自宅で営む方が二、三件と、それはそれは忙しかった。父と祖父だけでは回しきれず、近所のお寺のお坊さんを一人、二人、応援に呼ぶこととなる。そして母はお手伝いさんと手分けして、お檀家さんへのお茶出しや接待で走りまわる。そんな活気あるにぎやかな雰囲気が、私は好きだった。それにくわえて、お坊さんたちにふるまう店屋物のお相伴に預かれることが、この上ない楽しみだったのである。
注文は、中華屋『中央軒』ならチャーハン餃子もしくはカレー、蕎麦屋『都屋』ならカツ丼かざるそばと決めていた。で、夏場はそこに冷し中華が加わる。
私は、プラスチック製の丸くて平べったい朱色の器に入った都屋のそれが断然、好みだった。
あぁ、冷たくて甘酸っぱい汁よ。それは文字通り甘くて、そして酸っぱいのである。麺をすすると、強烈な酸味がツーンときてゴホッと咳きこむ。でも手は止まらない。ゴッホゴホむせながらすすり続ける。そうして最後に残った汁を慎重に飲み干して、ご馳走様だ。
冷し中華に限らず、お稲荷さんも酢味噌和えも、昔の酢はきつかった。酒が三倍増醸だったように、酢も何やら良からぬものをぶち込んだまがいものだったのだろう。
でも私は、そのまがいものが好きだ。今の酢はどれも、まる過ぎる。本物をうたった上等品も、普段使いのそれも、ましてや「やさしいお酢」と来た日には、まるで話しにならない。欲しいのはあの刺激なのだ。たとえ体に悪くとも、私は酸っぱい酢を愛する。でも、もうどこにもないんだなあ。
冷し中華は、もはやむせながら食べるものではなくなった。都屋も中央軒も、とうに店を閉めた。両親もお坊さんたちも、向こう側へ逝ってしまった。実家の庫裡も建替えられて面影はない。あの居間でみんなと過ごした夏がなつかしい。


句を褒めよう。
文語調で「……ゐて……し昭和」と詠んでもよいような気がするけれど、「むせる」の古語は「むせぶ」なので「みんなゐて冷やし中華にむせびし昭和」と字余りになってしまう。意味のない字余りは避けるべきなので、口語を選択したことは正解だろう。
また、「昭和」と書いて「ころ」と読ませるのは、「本気」と書いて「マジ」あるいは「宿命」と書いて「さだめ」なんて読ませることを嬉しがった昭和の時代をふまえた、心憎い演出だ。
草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」を彷彿させる名吟……は、ちとほめ過ぎか。昭和も遠くなりにけり、である。


2024年5月7日

第4回自句自賛・季語「雲雀」

解説:「雲雀」は春の季語。
鳥のさえずりは前奏曲だ。庭でツピツピ、裏の竹藪からホケキョ、畑にピチュルピチュルと聞こえたら、なにもかも春めいてくる。
……知らなかった、俳句では「小鳥」は秋の季語なのだとか。秋に渡ってくる鳥を指すそうな。恥ずかしながら、私は傍題の「小鳥来る」を春の訪れとして鑑賞していた。そうやって一度しみついたイメージを消し去るには大変な労力がいるので、知らない言葉に出会ったら面倒がらず調べること、と言われてきたんだけどなあ。ついでに白状すると、“おっとり刀”とは、のらくらと刀を腰にさし鼻歌交じりにぶらぶら歩いてのんきな顔で現れる様だと思っていた。
気をとり直して一句。

  「ひばり宣り続け 凡夫は草むしる     陽高」

田んぼのまん中に、区画にして二十にも満たない外墓地がある。それこそ「草刈」「草取」「草むしり」は夏の季語などとのんきなことを言うけれど、雑草との戦いは四月からとうに始まっているのだ。
小さな墓地とはいえ、入口をふさぐ草むらを刈り、空き区画にかぶせたマルチシートを張替え、あちこち伸びてきた雑草を抜いていたら、半日はかかってしまう。
体力の衰えを実感する今日このごろ。ひと叢抜いては休み、またひと叢、抜いては休む。猫の背丈ほどの高さの擁壁に腰かけて、ぼちぼち起こし始まった田んぼの向こうに晃石山を望む。小林康彦著『日本百低山』にも選ばれたこの山には、桜がひつじ雲のように群れかたまっており、春と秋はことのほか目を楽しませてくれる。
そこに降ってくるのがピチュルピチュルというさえずりだ。見上げれば、雲雀が激しく羽ばたきながら空の高いところにとどまって、声をふりしぼっている。……。ずっと鳴いてる。そのひたむきな姿に背中を押されるように私も立ち上がり、草取りに戻るのだ。
やがて日は傾き、抜いた草を袋に詰め帰り支度が済んでもまだ、さえずりはやまない。そうして雲雀は春の野を鳴き通すのである。

余談だが、除草剤は使わない。無邪気にまとわりつくモンシロチョウにあまりにも無防備なハナアブ、触っただけで破れそうなイモムシや逃げ惑ってばかりのヤスデ、そこに毒薬はかけられない。
そんなのは、わずかな範囲でたまにしかやらないから言えることだ、とお叱りを受けるかもしれない。おっしゃる通りだ。
でも、埼玉県・小川町で五十年前から有機農業を始め、近隣農家へと輪を広げ、地域の核となる産業にまで育てあげた金子美登さんには、その批判は当たらない。農薬も化学肥料も一切使わない金子さんが大事にするのは、土づくり。虫や微生物が喜ぶフカフカの土を作るのだ。腐葉土が自然に出来る、つまり微生物が落葉を分解するのを待っていたら、百年がかりで一㎝がやっと。それを人の力で五~十倍に早めてやるのである。こうした地球環境からの収奪ではない、恵み与える活動にこそ、政府は分配を厚くするべきではないか。


句を褒めよう。
まず「宣(の)る」をどうとらえるか。学研の古語辞典によると、宣るとは言霊信仰を背景にした語で、まじない・のろいの力をもった発言や、むやみに口に出すべきでない事柄を明かす発言、重要な意味をもった正式の発言などにいう、とある。つまり雲雀が、自然の摂理につていか、命の実相か、はたまた恋愛指南か知らないが、とにかく大切なことを一生懸命に説いているという意味になる。演説をぶつでも、高説を垂れるでもなく、宣ふているのである。天高くより降ってくる声だから“高説”もありそうだが、述語選びが難しいので不採用。
また、句またがりが効果的だ。上五から中七へとはみ出すことで、やむことのないさえずりが響いてくるようではないか。
そのあと一文字あけて、読み手に明確な休止をうながす演出があって「……凡夫は」と来るので、視点は落雲雀のように下界へと戻される。そこには、雲雀の必死の訴えなど聞き流して草と格闘する寄る辺なき衆生の姿が、対比的に映し出されるのである。
さらに言うと、この句のテーマは上田敏訳のロバート・ブラウニング『春の朝』への応答である。有名な「揚雲雀なのりいで 蝸牛枝に這ひ 神、そらに知ろしめす すべてこの世は事も無し」という詩だ。それに気づくと、「凡夫」という宗教用語がにわかに輝き始める。
ちなみに上田訳の「なのる」は「名宣る」だ。名前とはみだりに口にしてはならないものだったのである。雄略天皇の古歌の「家聞かな 名宣らさね」つまり名前を尋ねることが求婚を意味したように。