【食事を苦痛に感じる時代】
道元は“食事五観の偈”を広めただけでなく、食べ方の心得である『赴粥飯法』と料理の心得『典座教訓』をものし、その二冊は日本人の食事作法に影響を与えた。
今、その食べ方に問題が起きている。いきなりそう言われてもピンとこないと思うので質問します、あなたが思う良い食べ方とは?
新型コロナのせいで黙食が推奨されてはいるとはいえ、みんなと楽しく会話しながら食べるのが良い食べ方だと思う人がほとんどだろう。でもそうした意識が強まり過ぎて、楽しみであるはずの食事を苦痛に感じる人まで出てきてしまったのである。
たとえばランチメイト症候群と呼ばれるものがそうだ。二十一世紀に入ったころから、学校や職場でポツンと食事することに大きなストレスを感じる人が増え始めた。ひとりで食事をするイコール友だちがいないと受け取られてしまうからだ。そこで他人に見られないよう隠れて食べる。極端な例がトイレに籠って食べる〝便所飯〟だ。
あるいは二〇一五年に東大研究チームが発表した、「弧食(ひとりで食事をする)の高齢者は、ウツになるリスクが男性で2.7倍、女性で1.4倍に高まる」という研究にも注目したい。申し訳ないが、この結論自体に大した意味はない。ひとりで食事をすることとウツの間に因果関係などないのだから。この研究は、孤立してしまった男性は問題をかかえやすいという事実を別の角度から検証したにすぎない。むしろ興味深いのは「孤食はウツに結びつく」と考えてしまう研究チームや社会のメンタリティの方だ。食事は楽しく会話しながらというドグマが内面化され、強迫観念にまで高まっているのではないだろうか。
そうなってしまっては、目の前の料理が出来上がるまでにどれだけの手間がかかっているのか、その食材がどんな来歴を背負っているのかよく想像するどころの話ではない。だから問題なのである。
物事を正しく見るためには、歴史を補助線として使うのが効果的だ。というわけで和食の歴史を紐解くことにしよう。