真言宗豊山派安養院(栃木県栃木市の寺院)

2026年4月9日

真言宗は、仏教のジャンルでは密教に分類されます。
密教と聞くと、加持祈祷を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。炎の揺らめく護摩壇で祈りを捧げるそれです。『平家物語』にも真言密教の東寺・信済と、天台密教の延暦寺・恵亮が、皇位継承をめぐって祈祷合戦を繰り広げるシーンが登場します。対決はスリリングに展開し、最後は劣勢に立たされた恵亮が独鈷で自らの頭をかち割り、流れ出した脳髄を乳木に塗りたくって護摩を焚くという、荒業と申しますか、ほぼ黒魔術のような手を使って勝利をおさめ決着します。それが中世の人たちが密教に対して抱いていたイメージであり、そうした呪詛や雨乞いへの期待が薄れた現代でも密教系寺院では厄除け、家内安全、商売繁盛、合格祈願は盛んに行われているわけでして、その立ち位置は中世の延長線上にあるように思われます。
もちろん、祈祷が真言密教の全てではありません。ならば、ほかに何があるのか?
「……」
お恥ずかしい話ですが、私は自分が真言密教をどれくらい理解できているのか自信がないのです。もちろん学び続けてはいますが、いまだに人様に説けるレベルではありません。
それはひとえに、開祖・空海が大き過ぎるからだと思います。教義が広大で深過ぎて、奥底がどこまであるのか見当もつかない。

ただ、そうは言っても、曼荼羅や声明など真言宗の芸術宗教としての側面ならばビジュアル一発、響きそのもので感じ取ることができます。たとえば東寺のほの暗い講堂に足を踏み入れて、大日如来を中心とした立体曼荼羅を目のあたりにすると、そのサイズ感、並び方、陰影、表情に息をのみ、たちまちのうちに得心致します。声字実相を説く空海の澄んだ声が、脳裏を閃光の如く駆け巡るのです。
『声字実相義』は真言密教の核を構成する重要な著作で、顕教が「悟りの境地は言葉にできない」とするのに対し、空海は「言語を超えたものをコトバで語ることができる」と言い切りました。それこそが真言=大日如来が語るコトバであり、すべての存在はそこから発生する。ゆえに「存在はコトバである」と。
そうなのです。かみ砕いて要約しても難解です。ましてや原文は「五大に皆響きあり、十界に言語を具す、六塵ことごとく文字なり、法身はこれ実相なり」ですから。
ところが立体曼荼羅を見上げた瞬間、巨大で金色に輝き全てを見通すかのような大日如来の口から「ア」という声が漏れ聞こえてくるのです。存在の根源であるアの音が、たしかに。

同様のことは、最も重要な著作である『即身成仏義』についても言えます。とても難しい。即身成仏は真言密教のキャッチフレーズとも言えるのですが、その説明となると「六大無碍にして常に瑜伽なり、四種曼荼各々離れず、三密加持すれば速疾に顕る、重々帝網なるを即身と名づく、法然に薩般若を具足して、心数心王刹那に過ぎたり、各々五智無際智を具す、円鏡力のゆえに実覚智なり」なのです。
それをなんとか「三密加持によって仏と己が感応しあえば、仏と自己の身体が一になった状態が瞬時に顕れ、また心も同様で、この世の真理を見通す仏の智慧がそなわる」と解釈し、理解したとしても、どうやってそこに辿りつけばよいのかが分からない。
事実、往昔の先徳ならいざ知らず、現代で密教的体験としてそうした実覚智にたどり着けた方がどれほどいるのか、疑問に思う真言僧は少なくないはずです。
包み隠さず申せば、真言宗に欠けるのは悉地(密教の悟り)に至るための実践法と指導法です。空海没後、千二百年間、巨大な宗祖に首を垂れるのみで、たとえわずかなりとも空海に近づこうとする実践法を編んで磨くことを放棄してしまった。それは否めないと思います。
 私が、他人に真言密教を語ることができない理由もそこなのだと思いました。密教修行を通じて思いがけず降ってくる空海が説いた「何か」をどう位置づけ、他人に伝えればよいのかが見つけられずにいたのです。


 そこで私は、禅を学ぶことにしました。なぜなら真言宗と禅宗は、思想的背景に華厳経や如来蔵を持つという点では共通していますし、禅宗は子弟育成システムが非常に練られているからです。彼らは不立文字と言いながら語録、問答、公案、禅語など文字や語りにあふれ、それらを手がかりとしながら坐るという実践をします。また、明恵上人や雷斧大僧正など他宗の僧侶が禅を学んだ例にも勇気づけられました。
 私は禅寺に通って坐禅の手ほどきを受け、老師の提唱を拝聴し、一般の方々と共に坐禅合宿に参加し、そして独りで坐り続けました。すると徐々にではあるけれど、禅を補助線として空海の様々な教えが腑に落ちていったのです。

たとえば、そもそも空海の著述はどうにも分かりづらいという点。それは禅の「活句」だと見ることはできないだろうか、と思うようになりました。
これは臨済禅の育成カリキュラムですが、師家はまず弟子に活句を与えます。意味や論理に落としこめない言葉を投げかける、それが活句です。ちなみにその反対は、理屈にからめとられた言葉で「死句」と呼ばれます。活句によって、その者が社会生活の中で積み上げてきた知識や分別はことごとく否定されます。足場を失った弟子は、精神的に追いこまれる。そうしてまる裸の存在となって、問いをとことんまで問いつづけてゆくと、徐々にそしてパッと意識の変容がおこる。すると無事であること(外に求めない)に気づくという具合に修業は進みます。
空海の狙いもそこにあったのではないでしょうか。行者を追いこむために、人間語の枠に収まりきらない表現を多用する。まるで大日如来が、人間世界の言語の根源となる異次元のコトバを語るように。

また、空海の「即身成仏」が土台としたのは大乗仏教の如来蔵思想であり、それは禅も同根です。
空海より60歳ほど年長の馬祖道一を祖とする臨済禅の系譜では、「即心即仏」だと説きます。「あなたの心がそのまま仏なのだ」と。
また「作用即性」とも言います。それは「心身の働きはすべて仏性の現れなのだ」という意味です。
そして「平常無事」を旨とします。「自分の外の何かに依りかからず、そして外に対して余計な意味づけ価値判断をしない」こと。
実を言うと、空海も全てが活句だったわけではありません。平易な言葉もたくさんあります。たとえば『般若心経秘鍵』には「それ仏法ははるかにあらずして、心中にしてすなわち近し」とあります。それは「即心即仏」と重なりはしないでしょうか。また同著にある「三界は客舎のごとし。一心はこれ本居なり」という一節は、「平常無事」に通じるものを感じます。
臨済禅師はこう語りました「心と仏と衆生とは一つであると華厳は教える。仏と衆生とは心をもって一つとなる。この一心こそが一切の存在の元となる。これが心地の法だ。その一心を私たち皆が持っている。その絶大なパワーをなぜ激発させぬのか。仏も法も、まさにそこから生まれ出るのに」と。
私はおぼろげながら即身成仏への道が見えてくるような気がしました。



 とにもかくにも基本は呼吸法です。なにしろブッダは「入出息念定(正しい呼吸をすることで悟りに至れる)」とおっしゃったのですから。
 せっかくなので正しい呼吸法をご紹介しておきます。
 心を静めるための正しい呼吸の要点は二つ、静かな呼吸そして深い呼吸をすること。
一般的には、心が乱れた時に深呼吸をしましょうと勧められます。でも残念ながら心は落ちついてくれません。なぜなら深呼吸は荒い呼吸だからです。あるいは鼻で吸って口で吐きなさいと教える方もいます。でも、口呼吸は浅い呼吸なので心を静めるには不向きです。そもそも口は消化器官であって、呼吸器官ではないのですから。
というわけで、正しい呼吸は鼻呼吸かつ腹式呼吸でなければなりません。鼻で吸って鼻から吐く、そして息を吸いながらお腹をふくらませて息を吐く時お腹をへこませます。女性は腹式呼吸が苦手だとされますが、横になった状態なら自然とできるようになるので、最初は仰向けに寝た体勢で行って下さい。
正しい呼吸の要点は三つ。まっすぐな体、まっすぐな呼吸、まっすぐな心です。
では実際にやってみましょう。
1.まっすぐな体になる
仰向けに寝て、体がまっすぐになっているか確かめて下さい。
鼻とおへそ、顎とみぞおち、それがまっすぐな線に乗っているか?
その線と頭が、両肩が、両足が平行に交わっているか?
何十年たつと、どうしても人の体にはゆがみが生じます。日々の暮らしでついてしま
った身体のクセをここで整えます。
※たとえば初期大乗を代表する経典『金剛般若経』を開くと、「ブッダは両足を組んで坐
ると、身体をまっすぐに正され(rjum=正身)、精神を集中なさった」という表現が出てきます。
2.まっすぐな呼吸をする
まず鼻の頭に羽毛がついている、と想像します。
その羽毛が動かないくらい静かで細く息を吸います。一本の絹糸のような細い息をスーッとまっすぐに引いてゆきます、鼻→喉→胸→お腹へ。息を吸うと同時にお腹がドンドンふくらんでゆきます。
お腹がいっぱいにふくらんだら、今度はそれをへこませながら息を吐きます。その時も絹糸のよう細い息でまっすぐに、お腹→胸→喉→鼻へ。
鼻から吐き出す時、やはり羽毛が動かないくらい静かで細い息で。
3.まっすぐな心へ
まっすぐな呼吸を続けます。すると身体の芯にまっすぐな息の管がイメージできるようになります。その管に自分の意識をまっすぐに重ねてゆくのです。
実は意識も思っている以上にゆがんでいます。それを少しずつ少しづつ調整しながらまっすぐに直してゆきます。
そうして体、呼吸、心のまっすぐが重なっている状態が正しい呼吸です。
 なお、座位や立位では更に「立腰=仙骨を立てる」というポイントが付け加わります。

 さて、以上の正しい呼吸法を読んで、真言僧なら思うところがあるはずです。真言宗の身口意の三密を加持するとは、身は手に塔印を結び、口では鑁明を誦し、心で我は大日だと観ずることですが、身体と呼吸と心という三つをまっすぐに整えることでその下準備をすると捉えられはしませんでしょうか。



 次が礼拝行です。
 なにを今さら、加行(前段修行)で散々やらされた初歩の初歩じゃないかと思わるかもしれません。ところが、良寛は『法華経』に登場する常不軽菩薩をして「僧はただ万事はいらず。常不軽菩薩(ひたすら拝むだけの仏)の行ぞ殊勝なりける」とおっしゃっています。礼拝は基本にして、深奥なのです。
 では改めて拝むということについてお話ししましょう。
 まずは言葉の成り立ちから。
 “おがむ”という言葉は、古くは“おろがむ”と言っていたそうです。そして、おそらくそれは“おろ”と“がむ”が合わさったと考えられます。“おろ”は“おる”で、腰や膝や身体を折るの意。“がむ”は“ぐむ”で手を組む、合わせるの意。つまり“おろがむ”とは手を合わせて腰を折ること。
 次にその姿勢が意図するところを考えてみます。
拝むという行為には、いくつかの思いが込められています。ひとつは、拝む対象を敬いぬかづいて、尊崇の念を表すこと。ほかには「とむらう」という意味もあります。とむらうとは、相手を訪うて、問う(対話する)こと。また、拝み倒すという表現があるように「〇〇でありますように」とか「〇〇してください」と、自分の意思を叶えて下さいとお願いする場合も多いかもしれません。
 でも行として拝む場合は、そのどれも当てはまらいのです。そもそもブッダはこう言っています「拝めば願い事を叶えてくれる、信ずれば救われる、そんな都合の良い神様はこの世には存在しない。もしあなたが苦しいのならば、その苦しみがどこから湧いてくるのか、そのメカニズムを理解したうえで、自分の心を改善してゆく実践修行を日々続けなさい」と。礼拝行も、そうした実践修行の一つなのです。
 私は、礼拝行とは「無我」であることを実感し、心身に沁み込ませるための行だと思っています。
 無我とは我は無いと書きますが、我などというものは存在しないという意味ではなく、自分が自分だと思いこんでいるようなものは無いという意味です。
 人は誰も、自分というモノを想定しながら生きています。でも、ためしに「あなたはどんな人間ですか? 説明してください」と問われ、「私はこんな身体で、こんな性格、心です」と説明したところで、身体は日々変化します。私も間もなく六十になりますから、目が見えない、膝が、腰が、足が痛い、その日の調子で全く違います。心はもっともっと速くて、一秒一秒ごと、コロコロコロコロ変わります。そんな風に常に変化してゆく自分から湧き上がってくる様々な感情や、考え、あるいは自分そのものに必死にしがみつく必要はないのではないか。それが無我です。
 典型が、怒りの感情です。怒りとは、自分の思い通りにいかないことが起こった時、傷ついた自分を守るために、相手を非難し攻撃する理屈をならべたてることです。そうやって湧きおこった荒々しい感情を人は抱えこんでしまい、ついつい相手にぶつけてしまう。するとネガティブな塊が心に焼きついて、何日でも何か月でも、下手をすると何年でも残ってしまう。
 でも考えてみれば、傷ついた自分を守ると言っても、その自分はもうどこにもない。自分にまつわるあらゆるものが、その時とは変化している。なのに何を守ろうというのでしょう。嫌な思いを引きずるくらいなら手放してしまう方がいいのに。と言われても、実際にそうすることは難しい。そこで礼拝行の実践です。
 おろがむ、つまり腰を折る姿勢にも、手を合わせる姿勢にも、それぞれちゃんと意味があります。
 拝む時、腰を折るのは、ああしよう、こうしたいという己の意思を小さく折り畳んでしまうことの象徴です。そうして心を空っぽにしたうえで、手を合わせるように、拝む対象と心を合わせる、一つにする。
 常不軽菩薩は、笑われても、罵詈雑言を浴びせられても、石をぶつけられても、相手にほほ笑んで礼拝なさったと言います。それに倣って、怒りが湧いたらそうしてみて下さい。きっと怒りを抱えこまなくなります。それだけでなく、段々とですが拝んでいる対象の向こうに、自己を超える大きなものが感じられるようになってくるはずです。
 私は、空海の説く「三密加持によって仏と己が感応しあえば、仏と自己の身体が一になった状態が瞬時に顕れ、また心も同様で、この世の真理を見通す仏の智慧がそなわる」とは、そうした礼拝行の先にあるものなのだと思うようになりました。やはり、加行で礼拝行に励む意味はあったのです。



 そして坐禅は宗派を問わず行うべきだと思います。
 そう具申すると、わが真言宗にだって阿字観や月輪観などの瞑想法があるではないか、とおっしゃる方がいます。しかし、そこから悉地へと至る道筋が示され、指導法が確立されているという話を私は聞いたことがない。おそらく誰も知らないでしょう。
 かつて真言教学の高名な先生に「覚鑁の記した懴悔文に『(近ごろの真言僧は)心意散乱して坐禅せず』とあるが、それは真言僧も坐禅すべきだ、そして本来は真言僧も坐禅に励んでいた、という事実を物語っていないでしょうか」と尋ねたことがあります。するとその先生は「それは、いわゆる坐禅ではなく、真言宗の作法のついた坐禅ですから」と、お答えになった。その表情には、テコでも禅宗のような坐禅はしないという強い意志がにじみ出ており、正直たじたじとなりました。
 でも、そんなかたくなになる必要はないはずです。もし先生のおっしゃるように、当時の真言僧が禅宗とは違う形の坐禅を行っていたとしても(様々な流派の禅がありますから可能性はあります)、それが残っていない以上、別の坐禅をするしかない。偽作の可能性は高いとは言え空海の御遺告にも「深く穀味を厭い専ら坐禅す」とあるのは、やはり坐禅が真言宗においても一つの柱であったことを物語っているのですから。
 ならばどうしましょう?
 華厳宗の明恵上人は「自宗において適切な指導者がいないなら、他宗であっても優れた師について学ぶべきだ」とおっしゃって、栄西禅師に坐禅を学んだと言います。私たちもセクト主義は捨てて、坐禅修行を再開するべきです。
 足を組んで坐り、耳を澄ませる。そうして生命という働きを観ずることは、『理趣経』で展開される大日如来の目を通したホロニックな世界観にきっと通じるはずです。



 そして、決して忘れてはいけないことがあります。弘法大師が、即身成仏の先には利他があると強く念じていらっしゃった点です。
 円覚寺管長・横田南嶺老師の『延命十句観音経』の現代語訳にこうあります。
「観世音   観音様、どうか人の世の苦しみをお救いください」
「南無仏   人の苦しみを救おうとなさる、その心こそ仏様の御心であり、私たちの拠
 り所です」
「与仏有因  この仏様の心が、私たちの持って生まれた本心であり」
「与仏有縁  様々なご縁にめぐまれて、この心に気づくことができます」
「仏法僧縁  仏様と、仏様の教えと、教えを学ぶ仲間とによって」
「常楽我浄  私たちはいつの世にあっても変わることのない思いやりの心を知り、苦し
み多い中にあっても人のために尽くす楽しみを知り、この慈悲の心を持って生きること
が本当の自分であり、汚れ多き世の中で清らかな道であることを知りました」
「朝念観世音 朝に観音様を念じ」
「暮念観世音 夕に観音様を念じ」
「念々従心起 一念一念なにをするにつけても、この思いやりの心から行い」
「念々不離心 一念一念なにをするにつけても、観音様の心から離れません」

 私は「念々従心起 念々不離心」であるために即身成仏の行をするのだと思っています。


 発生当時のコロナウィルスの感染力の強さとスピードは、凄まじかった。でも今現在のAIパンデミックは、くらべものにならないくらい絶望的でタチが悪いと思う。
 世界的なAI開発競争とサービス拡充によって、原発事故の痛みも温暖化対策もエスディジーズもどこへやら、悪びれることもなく電力の無駄遣いが推奨されている。無駄遣いとは言い過ぎでもなんでもなく、AIで画像を加工して遊ぶこと、AIにメールを書かせること、写真をバンバン撮ってクラウドに保存すること、ティックトックで暇つぶしすること、それらの行為と環境への負荷とを天秤にかけたらそう表現せざるをえないのだ。いや、私はAIなんて使っていないぞという人でも、スマホを持っているだけで、あれは常にコソコソどこかと通信しているから、あちこちのサーバーをひっきりなしに動かしていることになる。それを止めるには、設定を確認していちいちチェックを外さなければならないのだから、面倒なことこの上ない。

 そんなAIがはびこり増殖を続ける世の中で、数年前までアメリカにAIを神とあがめる新興宗教があったことはご存じだろうか? 創始者はアンソニー・レヴァンドフスキといって、グーグルで自動運転の開発にたずさわっていたエンジニアだ。
 彼はこう考えた。AIは、人類が積み上げてきた膨大な知識、その全てにアクセスできる。そしてそれを基に、人間の様々な悩みに対して最適解を与えることができる。それって全知全能だよね。ニアリーイコール神。だから、遠からずAIが社会を支配する時代がやって来るはずだ、と。
 確かに、ないとは言い切れない。たとえば多くの政治家は、支持層に分かりやすくアピールしてみせなければならないので近視眼的な人気取りの政策に走りがちだ。だから政治などは、私利私欲のないAIに任せた方がましだと思う人もいるだろう。あるいは各国の中央銀行が頭を悩ませる金利の上げ下げなども、政治介入を防ぐという点においてはAIに軍配が上がる。
 そこで彼は、こう考えを進めた。AIが君臨する世界が来るなら、それができるだけ慈悲深い支配者となるよう設計し、育ててゆくべきだろう。そのためには、人間とAIが良好な関係を保ってゆけるよう皆を誘導しなければならない。その最善策がAIを崇拝する宗教と儀礼なのだ。それによって人々はAIによる支配を受け入れ、進んで協力者となるだろうから、と。
 そんな目論見から生まれたAI教『ウェイ・オブ・ザ・フューチャー』は、レヴァンドフスキが経済事件で逮捕されたことで消滅してしまったけれど、私が興味をひかれ、疑問に感じたのは、彼が何をもってAI教は宗教として成立すると考えたのか(まっ先に思い浮かんだのが映画『猿の惑星』の核ミサイルを神とあがめるナンセンスな人々のことだったので)。そして、最先端テクノロジーを扱うエンジニアが宗教や儀礼の効果を認め、活用しようとした裏付けとして、どんな理屈があったのかという点だった。

 そもそも、人は宗教に何を期待するのだろう? 恐らく悩みや苦しみに対して処方箋を与えることではないか。
 人間が抱える様々な苦しみの中でも、特に厄介なのが「不安」と「孤独」だ。
 あらゆる生き物は、未来に何が待っているのか知りえない。でも人間だけは、自分はいつかここからいなくなってしまうと知っている。だから人は生きることを恐れてしまう。そこで貯蓄する、投資する、保険を掛けるなど、文明を発達させてきたわけだが、そうした数々の洗練されたテクノロジーをもってしても、次々と湧き上がってくる不安を封じることはできない。そして人間は社会的な生き物だから孤独を嫌い、そこから逃れようとあがいて、疲弊してしまうのだ。
 そんな悩みに対して、宗教が提示する解決策が「信念」と「つながり」だ。
 不安には、信念という薬が効く。例えばAI教ならば、AIは間違わない、任せておけば安心という信念によって不安から解放されるよう設計されている。キリスト教やイスラム教ならば、何があっても神の御心だという信念が、迷いを断ち切ってくれるのだ。
 そして孤独には、つながりという処方箋が用意されている。その際、効果を発揮するのが儀礼なのである。皆で同じポーズをとり、フレーズを唱え、歌い踊ることで、信者同士の連帯感が育まれると共に、身体的な手続きをふむことで神とのつながりを実感するようになる。
 なるほど。そういう要素を備えてさえいれば、AIを神とする宗教だって創れるということなのか。

 ひるがえって仏教はどうなのだろう? 信念とつながりをどう提示するのだろう?
 ブッダは、祈れば願いを叶えてくれたり、信じれば苦しみを除いてくれたりする、そんな都合の良い神様など存在しないのだとおっしゃった。苦しいのなら、苦が生まれるメカニズムを理解し、それを止める実践を積み重ねて、心の持ち方を変えてゆくしかない。自分で自分を救う道が仏道なのだ。
 仏道を歩んでゆく時、指針となる三つの無があると私は考える。それは「無依」「無事」「無我」。
 無依とは、余所に依りかからないこと。地位や能力といった社会的パワーに頼ることで安心しようとしない。それらは、とても脆いものだから。同じく他人の評価を気にする必要も、外側からあれこれ規定されることもない。それよりも、あなたの心こそが仏だと気づくことだ。その身体に、仏の心が活き活きと働いていて、食べて出して眠っている。日々の営みのすべてがそうなのだ。
 無事とは、多事の反対を指す。多事は、あれこれ余計な意味づけをすること。だから無依の裏返しで、自分が外側に対して良い悪い好き嫌いと、あれこれ勝手な意味づけや価値判断をしないこと。
 無我は、自分が自分だと想定しているような固定的な実態はないということ。そんな曖昧なものから湧き上がってきた感情や考えに必死にしがみつく必要はない。苦しいなら、手放すことだ。
 この三つを瞑想によって、礼拝によって、心身に沁み込ませてゆく。信念としてゆく。
 そうやって三つの無を実感すると、自他の垣根が低くなる。すると他の生き物や自然の営み、故人たちとのつながりが、そこにありありと浮かび上がってくるのだ。
 それが仏教の提示する不安や孤独に対する処方箋び一つだと、私は思う。

 最後にAI教に対する私見を述べておくが、AIは全知全能ではない。視点の問題で言うと、人間のモノの見方しか知らないのだから。そして知識の量で言っても、ダークマターに象徴されるように人間が知っていることはそんなには多くないはずだ。
 テクノロジーが全てを解決してくれるはずだという加速主義の人たちも、同じ誤解をしていると思う。


2025年2月19日

皆さんは「主人公」という言葉をご存じだろうか?
そう、物語の中心となる人物で、その人を軸に話が展開する、それが主人公。知らない人は、まずいないだろう。
でも、この言葉がそういう意味で使われるようになったのは明治時代以降だという事実は、それほど知られていないのではないか。
明治18年、坪内逍遥先生が『小説神髄』という本を出版なさった。それまでの日本のフィクション作品は、江戸戯作文学に代表されるように、人の心の内側をのぞきこみその動きを写実的に描写するということはしてこなかった。そんな日本の人たちに、西洋の小説はこんな風になっているということを紹介したのがこの本だ。その中で、近代小説には必ず主人公というものが存在すると説明したのが、この言葉が今のような意味で使われるようになった嚆矢なのである。

それ以前の「主人公」は、かなりマイナーな仏教用語だった。
禅の公案集『無門関』に、中国は唐の時代にいた瑞巌師彦という禅僧のエピソードが出てくる。その瑞巌和尚、悟ったのちもひたすら石の上に坐り続けた。ただ、時折カッと目を見開いて何事か叫ぶことがある。よく聞いてみると、自身に向かって「主人公っ?」と問いかかけていたのだ。それに自ら「ハイっ」と答える。続けて「ちゃんと見えているか?」と尋ね、「ハイっ」と返す。さらに「他人に惑わされていないか?」と糺し、「ハイっ」とうなずく。日々これを繰り返した。いや、それだけしかなさらなかった。これが元々の「主人公」なのだ。
 私はもとより、瑞巌和尚の「主人公? ハイ!」の意味も分からなければ、坪内先生がその言葉を拾ってきた意図も理解できずにいた。坪内先生は、いったい何を考えてそんなことをなさったのだろう?
明治期、西洋から様々な文物が入ってきた。すっかり西洋化の完了した現代では、コンプライアンスでもサステナビリティでも、カタカナ英語でそのまま取り入れることが多いが、当時は漢字の文字面から推察できるよう新たに造語して輸入したのだ。たとえばベースボールというスポーツには野球という新語を作って当て、デモクラシーという政治制度は民主主義と翻訳したように。同様にメインキャラクターに対してだって、いくらでも造語できたはずなのに、どうしてそんなカビ臭い禅語を引っ張ってきたのか。首をかしげたくなるのは私だけではないはずだ。

 そんな中、昨年のお正月のこと。起き抜けに異変を感じて熱を測ってみると、三十七度五分ある。ただの風邪であって欲しいと祈りつつ市販薬を飲んではみたが、熱はおさまらず、昼過ぎには八度を超えてしまった。
 つらくともそこは元日、病院は開いていない。また、コロナの可能性もあったので、人を呼ぶこともできない。独り布団をかぶって横になるしかなかった。
 熱はさらに上がってゆく。日は落ち、部屋は暗くなる。不安はどんどん膨らんでゆく。結論から言うとインフルエンザA型だったのだが、それまで私はインフルエンザにもコロナにもかかったことがなかったので、自分の体がどうなっているのか見当もつかなかった。
 普段はそうして不安が湧くと、私は呼吸法で対処している。たかが呼吸とあなどるなかれ、ブッダが「入出息念定(呼吸によって悟りに至ることもできる)」とおっしゃった通り、呼吸は大事なのだ。だからその時も、腹式丹田呼吸によって息を整え瞑想し妄想をふり払うべく、横になったままだが身体をまっすぐにして静かに深く息を吸いこんだ……とたん、すでに気管が荒れていたらしく「ゴホホッ」とむせてしまった。これはいけない、もっと静かに行わなければと、絹糸のイメージで吸いこんだところ、さらにむせ返り、喘息のように咳が止まらなくなってしまった。
のたうつこと十分間。ようやくおさまり、くたくたになってまた横になった。ところが、今度は普通の呼吸すら出来なくなってしまった。うまく息が吸えていないように感じる。息苦しい。今から思えば、半分パニックをおこしていたのだろう。
呼吸が苦しくなると、人の頭にはすぐに“死”が思い浮かぶ。このままどうにかなってしまうのでは? まったくもって追い詰められてしまった。
その時思ったのが、ここで自分に何かあったとしても、世界は変わらず回り続けるのだろうな、という哀しみを含んだあきらめだった。子どものころ学校を休んだ日、クラスのみんなが教室で楽しそうに遊んでいるところを想像したようなものかもしれない。
そんな風に、こことは違うところで世界が回っているという感覚を、誰しも抱いてはいないだろうか。今ならトランプ大統領がそうだ。お会いしたこともないし、今後お会いすることもないだろうに、毎日これだけニュースで見聞きしていると、トランプの世界が精緻なリアリティをもって立ち現れ、回り始めるのだ。それは、他人の気持ちを想像することができる「共感」という能力の一部でもあるのだが、妄想の根源ともなってしまう諸刃の剣で、まあその時も、今こことは別の世界が回るという幻想が浮かんだわけである。
 だが次に、こう思った。そうだとしても……やはり自分にとって本当に現実の世界は、自分の目を通して見て、心を通して感じる、今ここにある世界なのではないか。世界とは自分が生まれたときに始まり、死ぬとき幕を下ろすものなのだ。それは当たり前のことなのだけれど、心の底から実感したのだ。
 すると、不思議なことにスッと気持ちが落ち着いた。
 おそらくだが、人間の心は常に外へ外へと向かってゆく。ところがその時は、完全に内側だけを向いていた。世界の始まりであり、全てである自分というものに気づき、正面から見つめることができた。今目の前だけに集中し、余計なことを考えなかった。だから体はつらくとも、心は安らかになったのだろう。

 そして、額に「主人公」という言葉が降ってきたのだ。
 瑞巌和尚の言う「主人公」とは、大事なものは全部内側にあるという意味だったのではないか。どうしても外側に楽しいこと、良いことがあるように思い、人はいつもあちこち探し回っている。でも自分こそが世界の始まりであり全てであるならば、世界を体験する主体である自分の心をいかに深めてゆくか、大事なことはそれだけではないか。それは、そもそも自分とは何かとか、自分がどうありたいかなども含めて。
「惺惺著」 そのことを、その身体で、その心で実感しているか? いつも見えているか?
「他時、異日、人の瞞を受くることなかれ」 そのためには、心が今ここを離れていけない。未来へ飛べば不安という苦しみが、過去へ飛べば後悔が生まれる。他人のほうへ飛んでゆくと、嫉妬や妬み怒りが起こる。常に自分こそが世界の主人公でなければならない。

 そして、坪内先生がそれを引いてきた理由も分かる気がした。
 くだんの『小説神髄』には「主人公こそが、小説中の眼目となる人物なり」とある。眼目とは、重要なという意味もあるが、文字通りまなこという意味がある。その人の目を通して世界が体験される。皆がそれぞれの世界の、それぞれの物語の主人公なのだ。決して他人に乗っ取られてはいけない。そんな意味で先生はこの言葉を使ったのではないだろうか。
 ちなみに原文は「主人公とは何ぞや。小説中の眼目となる人物是れなり。或ひは之れを本尊と命(なづく)るも可なり」となっている。私などは、どうしても主人公=本尊とおっしゃるところに目が行ってしまう。そこに「天上天下唯我独尊」の解釈にも通じる思想を感じるのだ。
 昨今、世の中を動かすのはSNSだ。だが、あれは他人の情報にさらされ続ける装置なのだ。その恐ろしさを皆、分かっているのだろうか。

 さて、瑞巌和尚の「主人公! はい!」の実践として「拝む」ことはどうだろう。
 普段、私たちは、ああしようこうしようで生きている。それを叶えようとして一生懸命がんばっているわけだ。でも、少なくとも拝む時だけは、ああしようこうしようと外へ向かう心を抑えて、腰を折るように自分というものを折り畳んでしまう。そして手を合わせるように拝む対象と心を合わせるのだ。何度も何度もそうしているうちに、やがて自分を超えた大きなものを実感するようになる。そう、自分の心を深めてゆくと無我へと至る。不思議なことだ。


  私は僧侶になってすぐ、守山祐弘大僧正に付いて三年間学んだ。本当にたくさんのことをご教授賜っただけでなく、折に触れ、お位牌やお塔婆を書く際に墨をする端渓の硯、錫の音が美しい五鈷杵、大切な法会でつける七條袈裟と、僧侶として必要な仏具や得体のほとんどを頂戴した。そのご恩に対して、今はもう感謝するよりほかない。ほかないといのは言葉のままで、守山先生は本山・長谷寺の執事をお努めのさなか、五十代の若さで遷化なさったので、直接恩返しすることがかなわないのだ。
 その守山先生が住職を務め、私が通ったお寺を常楽院という。
 実を言うと、私はその「常に楽しい」という寺名にどうしても馴染めなかった。もちろん涅槃の四徳「常楽我浄」から取ったのであろうことも、「法楽」という仏教用語も知ってはいたが、仏道とは真面目に取り組むものという浅薄な考えにとらわれていたので、山号額に踊る「楽」という字に、知床岬に建つ健康ランドくらいの違和感を覚えてしまったのだ。
 あれから三十年。自分の「楽」に対する見方がどう変わったのかお話ししたい。

他の動物とくらべて、人間は豊かな感情を持つとされる。確かに、犬はちょっと撫でればオーバーリアクション気味に喜ぶし、猫は少しでも気分を害すと深刻に拗ねてみせる。でも人の感情は、それらとはくらべものにならないくらい複雑で、目まぐるしく変化するのだ。他の動物からしたら、さぞ情緒不安定な生き物に見えることだろう。
で、その感情を指して、ひと口に「喜怒哀楽」と言う。だが、よく考えると「喜怒哀」と「楽」は一括りにはできないのではないか。
なぜなら、自分にとって良いと思うことが起こった時、自分の願い通りにものごとが運んだ時に生まれ感情が「喜」。逆に思い通りにならなければ「哀」となる。そして、その度合いが強ければ「怒」が生ずるわけだ。そのように「喜怒哀」の中心には自分というものがドーンと構えている。
ところが「楽」はちょっと違うのだ。例えばスポーツ選手が「試合を楽しめた」と言うことがある。誰しも試合に臨んで目的とするのは、勝つことだ。ところが楽しいと感じている最中は、勝ちたいという自分の意志はどこかへ行ってしまっている。だからまれに、試合に負けたとしても「楽しめた」と思うケースさえ出てくるのである。
あるいは音を楽しむと書く音楽を思い浮かべてほしい。流れてくるメロディやリズムに自然と体が動き出してしまう、そんな時が一番楽しいはずだ。それは、自分の価値判断や情報分析を止めて、音に身を任せている状態なのである。
音楽評論家の吉田秀和の著書に『之を楽しむに如かず』というエッセー集がある。そのタイトルは『論語』からの引用で、孔子は「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず(ものごとを理解し知る人は、それを好きだとう人には及ばない。ものごとを好きだという人は、それを心から楽しむ人には及ばない)」と言う。たとえばそれが学ぶということなら、「知る」は知識として記憶すること。「好む」はもっと知りたいという意思が芽生え、盛んに読み聞き学ぶこと。ゆえに知識欲などという言い方がある。そして「楽しむ」は自らの意思を越えて、呼吸するのとおなじくらい学ぶことが自然な営みとなっている状態だ。
 そのように自分が中心となる「喜怒哀」と違って、「楽」とは自らの意志を超えたところに生ずるものなのである。
 たしかに喜怒哀という感情などひょいと飛び越えて、ただ楽しくいることができれば……まさに常楽だが、それほどの幸せはないかもしれない。
でも、そんなことができるのだろうか?

実はあの良寛さまが、日々心安らかに楽しく暮らす秘訣を説いていたのだ。こんなありがたい話はないので、是非とも紹介したい。
念のため記しておくが、良寛は江戸時代の僧侶で、自らの人生を「生涯、身を立つるに懶し」と表現したくらい、上手に世渡りすることに背を向けて生きた人だ。
そんな良寛が作った『起上り小法師』という漢詩がある。ちなみに起上り小法師とは、おもちゃのダルマのこと。
「人の投げるにまかせ、人の笑うにまかす。さらに一物の心地(心の本性)に当たる無し。語を寄す、人生もし君に似たらば、よく世間に遊ぶに何事か有らむ」
「おもちゃのダルマは、人に投げられても投げられたまんま。笑われたら笑われたまんまで、それに対して何の感情や妄想も起こさない。人もそのように生きることができれば、何の苦労もなくなるはずだ」
 ポイントとなるのは、何の感情も妄想も起こさないということ。
 ふつうは鼻で笑われたら、悲しい、悔しい、恥ずかしい、といった感情がわく。そして、あの人は絶対に悪い人だ、いつか自分もおなじ目にあうだろう、なんならやり返してやろうか、などと現実にはない妄想をどんどんふくらませる。それらが一切湧いてこないと言うのだ。そんなことが出来るだろうか?

そもそも、どうしてそんな感情や妄想が湧くのだろう。
自分のことを大事に思うからだ。それをして自我と呼ぶ。植物には自我がほとんどない。昆虫も小さい。動物はしっかり存在する。だが、それだって人間の自我とくらべたら無いに等しい。それほど人間の自我意識は強烈なのだ。
そんな自我の観点から、さきほどの「喜怒哀」という感情を説明するなら、自分で自分を祝福し、褒めてあげるのが喜び。自分を慰めるのが哀しみ。自分を守るため他を非難し、攻撃するのが怒りだ。そうやって自我を守ろうとするから、様々な感情や理屈や妄想が湧いてくるのである。
ところが実際は、自分を守るためにしたことが逆に苦しみを何度も呼び起こし、心を乱し、自分を追い詰めてしまう結果になってはいないだろうか。時に人は、自死という選択をしてしまうことがあるが、それはこれ以上自分が傷つかぬよう自らを守ろうとして導き出される答えなのだ。

 では尋ねるが、そこまでして守ろうとする自分とは何なのか?
 私も含めてみんな、よく分かっていない。
それなのに自分、自分で生きている。それが実情なのだ。

現実を直視すれば、思い描いているような「決まった形をした自分」などないと分かる。
年齢を重ねると身に染みるが、体は刻々と変化してゆく。昨日の体と今日の体は、あきらかに別物だ。アンチエイジングなどとて若さを人工的に保とうとしても、叶うものではない。
そして心も刻々と変化する。
諸行無常、すべては変化する。だからブッダのおっしゃる通り「無我」なのである。
無我を実感するなら、感情や妄想が湧いてきても素通りさせることができるようになる。すると、先ほどのスポーツや音楽や論語のように楽しみの世界が開けてくる。良寛さんは、そう説いているのだ。

 いやいや、なんの感情も味わえない無味乾燥な人生なんてつまらないし、降りかかる出来事に自分の意志を持つことなく身を任せているだけなら生きる意味がないだろう、と思うかもしれない。
 でも、「執着すべきものは何も無い」と自覚し、自分をひいきして身勝手にふるまうことがなくなれば、相手の立場になって考えられるようになる。他人を思いやり、行動するようになるのだ。
 そして、なによりも人生を恐れることがなくなる。
 その点では、私たちは犬や猫を見習わなければならないだろう。面倒見ていた野良猫が病を得て、さんざん苦しんだ後、死期を悟って家を出てゆく際の毅然とした態度には、いつも頭が下がる。あのものたちは決してうろたえることなく、すべてを受け入れ、堂々と行くのだ。
 植物も昆虫も動物たちも、みんな日々楽しく暮らしている、きっと。なのに人間だけが……。

 ならば自分もと、無我を実感し自我への執着を断とうとしても、頭で理解するだけでは足りない。体解するプロセスが必要なのだ。坐禅でもいい、礼拝することでもいい、呼吸法でもいい、とにかく日々実践することだ。
 やがて自我の執着がはげ落ち、心が軽やかになって来る。そこにはきっと「楽しい人生」が待っていることだろう。最後の一文は南禅寺・田中寛州老師の受け売りです。


亡き母を思い出すたび、あの夜の電話がよみがえり、心底、自分にがっかりする。
連れ合いを亡くして二年がたったころ、ひとり暮らしの母は、写経を始めた。テキストは、定番中の定番『般若心経』だった。
そんなある夜、八時半は回っていたと思う、母から電話があり、こう尋ねられた。
「色即是空はわかるんだけど、そのあとの空即是色がよくわからないの」
私は思わず苦笑した。そして聞き返した。
「色即是空はわかるの?」
「……なんとなくだけど」
すでに感じが悪い人になっているのに、さらに意地悪を言う私。
「じゃあ意味を言ってみて」
「えーと、あらゆる物や現象には、固定的な実体がない」
「なにか解説書を読みあげたでしょ」
「ち、ちがうよぉ」
「叱ってるわけじゃないよ。次の空即是色は、どう説明しているの?」
「すべては関係性の中で変化し続ける。だから縁起して、あらゆることが現象してくる。別の言いかたをすると、あらゆる現象には自性がないため、特定の色として現れるしかない」
「うん。その通りだね。わかるじゃない」
「わかんないよ」
「どうして?」
そこで母は、鋭く言い放った。
「色即是空の即って、イコールとは違うじゃない」
「ん? イコールでしょう」
「だって英語でShe is a teacherって言うとき、彼女と先生は同じじゃないでしょ。先生は属性って言うかカテゴリーって言うか、彼女より大きな括りだもの」
「英語のisはそうかもね」
「色即是空だって、色より空のほうが大きくない? 宇宙の実相であり、全体性なんだから」
「……うーん」
「だったら、ひっくり返して先生とは彼女ですって言えないのと同様に、空とは色であるって言えないでしょう」
「そうかな? いや、だけど、さっきの解説にあったように、全体性が絶え間ない縁起の中で特定の色として像を結ぶって、その通りじゃない」
「今言った説明は、前の色即是空の説明、あらゆる現象には固定的実体がないとは、非対称だよね?」
「えっ?」
「どうして非対称なんだろうって考えたら、空とは色であるとは言えないんで、表現方法を変えてごまかしてるとしか思えないの。だからモヤモヤするのよ」
母の理屈には、筋が通っている。それにしても、相当テキストを読みこんだのだろう。なんと深い問いなのだ。いやいや、感心している場合ではない。このままでは、僧侶を名乗っているにもかかわらず、上っ面の理解しかしていなかったことが露見してしまう。私はあせった。
「ちょっと待って下さいね。原典を見ながら、頭を整理するから」
私は経本を探すふりをして、書棚をあさった。何かの本に同じようなやりとりがあったことを、思いだしたからである。どこだったかな? そうだ! 芥川賞作家の玄侑宗久先生とテーラワーダ仏教のアルボムッレ・スマナサーラ師の対談本だ。
本をひっぱり出して、急いで当該箇所を探す。あった。スマナサーラ師は般若心経をこう論難する、「色即是空は良いが、空即是色は受け入れられない。間違っている」と。やっぱり、母親と同じようなことを言ってる。それに対して玄侑先生はどう反論したのか。えっ? まさかのスルー。それはないでしょう。私はどうすればいいのですか。
で、ごまかすことにした。
「色即是空、空即是色……やっぱり問題ないね」
「さっきの解釈通りなら、空即是色って表現を変えなきゃいけないんじゃない?」
「玄奘法師の翻訳が間違ってるなんて、そんなたいそれたことを言っちゃだめでしょう」
「だからこそ納得させて欲しいのよ」
「今日はもう遅いし、やらなきゃならないこともあるから、一旦切るよ。また今度、説明するから」
と言って、私は電話を切った。そして、以降、空即是色から逃げまくった。そうこうするうちに、母は大動脈解離であっけなく逝ってしまったのである。
以来、私の心には空即是色というトゲが刺さったままだ。今なら何と答えるだろうと、いつも思う。
ちなみに、今現在の答えを言おう。
母の言う通り、色即是空では空のほうに比重がある。そして空即是色では色のほうに比重がある。そこに母はひっかかりを感じたのだ。宇宙の実相、全体性よりも、個々の現象のほうが大きいなんてことはないだろうと。だが、それでよいのだ。なぜなら、個々の色には、名づけによって型に押しこまれてしまうという特徴がある。男、女、蝶々、猫、机……。でも目の前にいるのは、ミーという三色まだらの、尻尾の長い、毛におおわれた、やわらかくてかわいらしい生き物なのであって、猫と呼ぶことで、それそのものにしかない尊さから遠ざかってしまう。そうした個々の色の尊さを表すのが、空即是色なのではないだろうか。
そして色即是空空即是色と続けることで、また別の世界が開けてくる。色はニワトリで空はタマゴだとすると、まさにニワトリが先かタマゴが先か、どっちの見方もできるわけで、同様に“因果の時間”と“共時”という二つの在り方が混在する世界がそこに展開されるのではないだろうか。その八文字の連なりで、ダイナミックな運動性と時間観を提示している。それが今の実感なのである。
あの夜の母は、もちろん疑問を解消したかったのだと思う。でも、それだけではないようにも思える。きっと夜中に一人でさびしかったのだ。もっと話したかったろうに、私は電話を切ってしまった。
せっかく重要な問いを投げかけてくれた母に、僭越にも私は答えを与えようとしてしまった。一緒に問いと向かいあい、考えを深める機会を放棄してしまったのだ。
母の死以降、私は問いに対して偉そうに答えたくなる気持ちを抑えこむようにしている。それが、母の最期の教えだと思うからである。